よりみち日記 第2回京都、ゲストハウス、フリーアコモデーション——お金を介さない3ヶ月

読みもの

2026.01.19

よりみち日記 第2回
京都、ゲストハウス、
フリーアコモデーション
——お金を介さない3ヶ月

『よりみち日記』は、いつもと違う道を歩いてみた日の景色、思い立って出かけた旅、人生のまわり道など。

 誰かの日常のとなりにある、寄り道の記録を綴ります。第2回は月刊無職4期生の無職ライターかっきーさんです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2025年5月から8月まで、僕は京都のゲストハウスで住み込みのスタッフとして過ごした。フリーアコモデーションという形態だ。宿泊費と食事の提供を受ける代わりに、掃除や雑用を担当する。給料は発生しない。

なぜこの選択をしたのか。理由は3つあった。お金をもらうという責任から解放されたかった。お金を使うストレスから解放されたかった。そして、関東で生きてきた自分を誰も知らない環境で暮らしてみたかった。正直に言えば、今までの生活に疲れて京都に逃げてきたようなものだった。なぜ京都だったのか。京都には僕のような人に優しい街であるという印象を持っていたからだ。振り返ると、京都移住計画というサイトで読んだ記事のおかげでそういう印象を持つようになったことを思い出した。


京都の中心地で暮らすということ

僕がお世話になったゲストハウスは飲食店を併設した小さな施設で、僕の手伝いは主に清掃と簡単な雑用だった。京都の中心地に位置しており、しばらく歩けば鴨川に着くという環境だった。
鴨川沿いは常に歩く人やのんびり過ごす人たちがいた。都会の喧騒から少し離れられて、かつ田舎のようにほとんど人がいないということもなく、同じような人がたくさんいる。この絶妙な距離感がとても貴重だと感じた。仕事が終わった後、木陰に座ってぼんやりと川を眺める時間は、何にも代えがたいものだった。
海外からのゲストは連泊することも多く、何度も話す機会があった。ある日、一人のゲストが「母国での生活と仕事に疲れて日本に来た」と話してくれた。国が違えど、悩みは同じなのだと。そして、同じような理由でここにいる人に出会えたことで勇気が湧いた。


お金を介さない関係の難しさ

ただ、フリーアコモデーションには難しさもあった。
まず、貯金が減っていく一方であるストレスだ。宿泊費と食事は提供されるが、それ以外の生活費は自分で賄わなければならない。僕はそこまで貯蓄に余裕があるわけではなかったため、収入がないまま支出だけが続く日々は、想像以上に精神的な負担が大きかった。
次に、怪我や病気に対する保証がないという不安定さだ。雇用契約があるわけではないので、何かあったときに頼れるものがない。そして、住む場所と働く場所が同じであるという構造上、どうしても自分が弱い立場になってしまう。相手に悪意がなくても、この非対称性は常に意識せざるを得なかった。
これらの問題は、おそらく十分な貯蓄や資産があれば解決できることだろう。フリーアコモデーションという制度自体は、双方にメリットがある素晴らしいものだと思う。ただ、住み込みをさせてもらう側が圧倒的に弱い立場になりやすいという点は、事前に理解しておくべきだと感じた。


それでも得たもの

それでも、この3ヶ月間は僕にとってかけがえのない時間だった。
生き方は自由であると身をもって体感した。世間体を気にしなくなった。わがままになれた。将来の漠然とした不安に対して無関心になれた。これらは、京都という誰も僕を知らない場所で、お金という尺度から一時的に離れたからこそ得られたものだと思う。
もう一度フリーアコモデーションをするかと聞かれると、今は微妙なところだが、住みたい街に気軽に住めたのはとてもありがたいことだったと思う。やってよかったと心から思える経験だった。
フリーアコモデーションという選択肢もあるということを僕は調べるまで知らなかった。そして、それにはメリットとデメリットの両方があるということを身を持って知った。
人生の「よりみち」に京都はとてもおすすめだ。移住はハードルが高いけれど、フリーアコモデーションという選択肢もあるということを知ってもらえたらこの記事を書いた甲斐がある。


著者

ヨリミチプレス/キャリアブレイク研究所

ありたい自分になる。

ありたい自分を探す。

はたらくグラデーションをことばに綴る編集室。

よりみち日記 第2回京都、ゲストハウス、フリーアコモデーション——お金を介さない3ヶ月

読みもの

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よりみち日記 第2回
京都、ゲストハウス、
フリーアコモデーション
——お金を介さない3ヶ月

『よりみち日記』は、いつもと違う道を歩いてみた日の景色、思い立って出かけた旅、人生のまわり道など。

 誰かの日常のとなりにある、寄り道の記録を綴ります。第2回は月刊無職4期生の無職ライターかっきーさんです。


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2025年5月から8月まで、僕は京都のゲストハウスで住み込みのスタッフとして過ごした。フリーアコモデーションという形態だ。宿泊費と食事の提供を受ける代わりに、掃除や雑用を担当する。給料は発生しない。

なぜこの選択をしたのか。理由は3つあった。お金をもらうという責任から解放されたかった。お金を使うストレスから解放されたかった。そして、関東で生きてきた自分を誰も知らない環境で暮らしてみたかった。正直に言えば、今までの生活に疲れて京都に逃げてきたようなものだった。なぜ京都だったのか。京都には僕のような人に優しい街であるという印象を持っていたからだ。振り返ると、京都移住計画というサイトで読んだ記事のおかげでそういう印象を持つようになったことを思い出した。


京都の中心地で暮らすということ

僕がお世話になったゲストハウスは飲食店を併設した小さな施設で、僕の手伝いは主に清掃と簡単な雑用だった。京都の中心地に位置しており、しばらく歩けば鴨川に着くという環境だった。
鴨川沿いは常に歩く人やのんびり過ごす人たちがいた。都会の喧騒から少し離れられて、かつ田舎のようにほとんど人がいないということもなく、同じような人がたくさんいる。この絶妙な距離感がとても貴重だと感じた。仕事が終わった後、木陰に座ってぼんやりと川を眺める時間は、何にも代えがたいものだった。
海外からのゲストは連泊することも多く、何度も話す機会があった。ある日、一人のゲストが「母国での生活と仕事に疲れて日本に来た」と話してくれた。国が違えど、悩みは同じなのだと。そして、同じような理由でここにいる人に出会えたことで勇気が湧いた。


お金を介さない関係の難しさ

ただ、フリーアコモデーションには難しさもあった。
まず、貯金が減っていく一方であるストレスだ。宿泊費と食事は提供されるが、それ以外の生活費は自分で賄わなければならない。僕はそこまで貯蓄に余裕があるわけではなかったため、収入がないまま支出だけが続く日々は、想像以上に精神的な負担が大きかった。
次に、怪我や病気に対する保証がないという不安定さだ。雇用契約があるわけではないので、何かあったときに頼れるものがない。そして、住む場所と働く場所が同じであるという構造上、どうしても自分が弱い立場になってしまう。相手に悪意がなくても、この非対称性は常に意識せざるを得なかった。
これらの問題は、おそらく十分な貯蓄や資産があれば解決できることだろう。フリーアコモデーションという制度自体は、双方にメリットがある素晴らしいものだと思う。ただ、住み込みをさせてもらう側が圧倒的に弱い立場になりやすいという点は、事前に理解しておくべきだと感じた。


それでも得たもの

それでも、この3ヶ月間は僕にとってかけがえのない時間だった。
生き方は自由であると身をもって体感した。世間体を気にしなくなった。わがままになれた。将来の漠然とした不安に対して無関心になれた。これらは、京都という誰も僕を知らない場所で、お金という尺度から一時的に離れたからこそ得られたものだと思う。
もう一度フリーアコモデーションをするかと聞かれると、今は微妙なところだが、住みたい街に気軽に住めたのはとてもありがたいことだったと思う。やってよかったと心から思える経験だった。
フリーアコモデーションという選択肢もあるということを僕は調べるまで知らなかった。そして、それにはメリットとデメリットの両方があるということを身を持って知った。
人生の「よりみち」に京都はとてもおすすめだ。移住はハードルが高いけれど、フリーアコモデーションという選択肢もあるということを知ってもらえたらこの記事を書いた甲斐がある。


著者

ヨリミチプレス/キャリアブレイク研究所

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ありたい自分を探す。

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