私の「むだチャレ」#1壁に穴が開いたら、どうする?(全8回)

読みもの

2026.07.11
私の「むだチャレ」
#1壁に穴が開いたら、どうする?
(全8回)

プロローグ

もしかしたら、人からは「無駄」と言われるかもしれないこと。

でも自分の心が、どうしても見過ごせないこと。

見過ごせないから、「やっちゃった」こと。それが、私の「むだチャレ」。


事の始まりは、居住空間の壁に、二つも穴を開けてしまったことだった。
幼い子が、でんぐり返しで勢い余って壁に激突し、ひとつ。

私が寝かしつけで、横になろうともしない子らに苛立って壁を蹴り、もうひとつ。

石膏ボードの壁というのは、実に簡単に凹むのだ…!

そしてその穴は生活するにつれ徐々に広がり、深く成長していった。


無骨な裏の構造まで見えてしまっては、さすがに見過ごせないレベル。

夫が早速、百円ショップまで出かけて「修理シール」なるものを買って帰り、該当部分にペタリ。

あっという間に穴は目立たなくなった。


私以外のひとが、解決をしてくれた(そう、私は何もしなくてよかった)。

それなのに、私はこの解決方法をあまり好きじゃないな、と感じてしまった。

私は慌てて自分に言い聞かせた。ひとがせっかく、労を厭わず修理してくれたものを。それに、自分にはこれより他に優先順位の高い、やるべきことがあるでしょ、と。


やがて、月日は流れ。

言うなれば30センチ四方のシールであるそれは、時間の経過と生活の影響によって、四隅から徐々に剥がれて丸まり、壁側に残った粘着部分も黒ずんできて、あとどういうカラクリなのか、またシールごと、凹んできた(何かの力に、引っ張られている…?)

明らかに、美しくない状態になった。

私はここぞとばかりに、己の望む形での『修復』に取り掛かることにしたのだった。


-----

  1. カッターと定規を使い、穴よりひと回り大きい四角形で石膏壁を切り取る。
  2. 穴に角材を入れ、表からビス(ネジ)で留めることで四角形の輪郭を補強する。
  3. 四角形に収まるようカットした石膏ボードをはめ込み、また先ほどの角材とビス留めする。
  4. すき間はパテで埋める。
  5. パテは乾くと体積が減る(水分が抜けて縮む)ので数回塗り重ね、紙やすりをかけて均す。
  6. そして、重複が出ないように壁紙を貼る。

(YouTubeを見まくって蓄えた情報より)

-----


穴の補強も見た目もバッチリな仕上がり、これが私のやりたかった『修復』だ。


しかし、現実は。

①~③までは調子よく進めた私だが、④から失速し、⑤を何とか終えて、力尽きた。穴は塞いだものの、いかにも作業途中の見た目のまま、長らく放置してしまった。


(あー、これから同じような壁紙を探して…って、

ネットで探して、店頭まで行ったり、サンプルを取り寄せたり、か…)


これからやるべきことを考えるだけで、ドッと気疲れしてしまうのだった。


(ぶじに望む壁紙を手に入れたとして、

今の壁紙と柄を合わせてカットして、

ズレないようにしっかり貼って、

最後はコーキングで仕上げる…あぁ、ゴールは遠いな…)


そう、この方法は『一気にカタをつける』のが難しかったのだ。


家族には、この結末が分かっていたのだろうか。

壁穴の修復に始まったことではないのだ。私が家中の動線や配置に対してこう改善したい、と訴えても「気にならない」「今のままでいい」「そこまでしなくてもいい」と言っていた、彼ら。

たしかに私が願う内容は、「気分転換」や「模様替え」の基準を越えた、ガチ過ぎるレベルなのだろう。だから彼らは、理解や援助(¥)を求めても「自分は必要ないと思うけど、やりたいならやれば」という反応。


かみ合わん、なぁ…!

時には丁寧に資料も作り、プレゼンまでしたというのに。
自分の中では「必要だ」と確信があるのに、言葉を尽くして説明しても、まったく理解されない。
だが、かみ合わないならしょうがない。以来、私は生活周りのことに手を入れたかったら、何も言わずに自分のお金(と労力)でまかなう方へと、舵を切った。

今までそれらに使ってきた金額は、家族には決して言わない(言えない)。

このままお墓に持っていこうと思っている。


壁の穴の修復は、一度とん挫した。しかし、私は動かず、考え続けた。

私はこの立ち止まりを『素人のくせに、プロのやり方に手を出しちゃったからだ』と自責と揶揄に片づけてしまいたくない。

どこで、どうして、引っ掛かってしまったんだろう、そう考えたいのだ。


(元々手を使うのは好きだし、得意な方だとも思う。

でも、正確さや厳密さが求められると、疲れてしまうんだなぁ…)


正確さや厳密さではない、修復方法。

私がたどりついたのは、『漆喰(しっくい)』だった。


次号に続く。

●むだチャレとは??
周りに話したら「それやる意味あるの?」と言われたり、自分的にもやっても無駄かもと思うことってありますよね?
「無駄」や「無意味」と考えてしまうのは、損得や効率といった ”思考モード”が発動してるから。
けど、「なぜか気になってしまう 」「無性に惹かれる 」「どうしてもやってみたい」
コスパやタイパのことは考えずに、”直感”や”感性”に突き動かされた体験を綴ります。

著者

ヨリミチプレス/キャリアブレイク研究所

ありたい自分になる。

ありたい自分を探す。

はたらくグラデーションをことばに綴る編集室。

私の「むだチャレ」#1壁に穴が開いたら、どうする?(全8回)

読みもの

2026.07.11
私の「むだチャレ」
#1壁に穴が開いたら、どうする?
(全8回)

プロローグ

もしかしたら、人からは「無駄」と言われるかもしれないこと。

でも自分の心が、どうしても見過ごせないこと。

見過ごせないから、「やっちゃった」こと。それが、私の「むだチャレ」。


事の始まりは、居住空間の壁に、二つも穴を開けてしまったことだった。
幼い子が、でんぐり返しで勢い余って壁に激突し、ひとつ。

私が寝かしつけで、横になろうともしない子らに苛立って壁を蹴り、もうひとつ。

石膏ボードの壁というのは、実に簡単に凹むのだ…!

そしてその穴は生活するにつれ徐々に広がり、深く成長していった。


無骨な裏の構造まで見えてしまっては、さすがに見過ごせないレベル。

夫が早速、百円ショップまで出かけて「修理シール」なるものを買って帰り、該当部分にペタリ。

あっという間に穴は目立たなくなった。


私以外のひとが、解決をしてくれた(そう、私は何もしなくてよかった)。

それなのに、私はこの解決方法をあまり好きじゃないな、と感じてしまった。

私は慌てて自分に言い聞かせた。ひとがせっかく、労を厭わず修理してくれたものを。それに、自分にはこれより他に優先順位の高い、やるべきことがあるでしょ、と。


やがて、月日は流れ。

言うなれば30センチ四方のシールであるそれは、時間の経過と生活の影響によって、四隅から徐々に剥がれて丸まり、壁側に残った粘着部分も黒ずんできて、あとどういうカラクリなのか、またシールごと、凹んできた(何かの力に、引っ張られている…?)

明らかに、美しくない状態になった。

私はここぞとばかりに、己の望む形での『修復』に取り掛かることにしたのだった。


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  1. カッターと定規を使い、穴よりひと回り大きい四角形で石膏壁を切り取る。
  2. 穴に角材を入れ、表からビス(ネジ)で留めることで四角形の輪郭を補強する。
  3. 四角形に収まるようカットした石膏ボードをはめ込み、また先ほどの角材とビス留めする。
  4. すき間はパテで埋める。
  5. パテは乾くと体積が減る(水分が抜けて縮む)ので数回塗り重ね、紙やすりをかけて均す。
  6. そして、重複が出ないように壁紙を貼る。

(YouTubeを見まくって蓄えた情報より)

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穴の補強も見た目もバッチリな仕上がり、これが私のやりたかった『修復』だ。


しかし、現実は。

①~③までは調子よく進めた私だが、④から失速し、⑤を何とか終えて、力尽きた。穴は塞いだものの、いかにも作業途中の見た目のまま、長らく放置してしまった。


(あー、これから同じような壁紙を探して…って、

ネットで探して、店頭まで行ったり、サンプルを取り寄せたり、か…)


これからやるべきことを考えるだけで、ドッと気疲れしてしまうのだった。


(ぶじに望む壁紙を手に入れたとして、

今の壁紙と柄を合わせてカットして、

ズレないようにしっかり貼って、

最後はコーキングで仕上げる…あぁ、ゴールは遠いな…)


そう、この方法は『一気にカタをつける』のが難しかったのだ。


家族には、この結末が分かっていたのだろうか。

壁穴の修復に始まったことではないのだ。私が家中の動線や配置に対してこう改善したい、と訴えても「気にならない」「今のままでいい」「そこまでしなくてもいい」と言っていた、彼ら。

たしかに私が願う内容は、「気分転換」や「模様替え」の基準を越えた、ガチ過ぎるレベルなのだろう。だから彼らは、理解や援助(¥)を求めても「自分は必要ないと思うけど、やりたいならやれば」という反応。


かみ合わん、なぁ…!

時には丁寧に資料も作り、プレゼンまでしたというのに。
自分の中では「必要だ」と確信があるのに、言葉を尽くして説明しても、まったく理解されない。
だが、かみ合わないならしょうがない。以来、私は生活周りのことに手を入れたかったら、何も言わずに自分のお金(と労力)でまかなう方へと、舵を切った。

今までそれらに使ってきた金額は、家族には決して言わない(言えない)。

このままお墓に持っていこうと思っている。


壁の穴の修復は、一度とん挫した。しかし、私は動かず、考え続けた。

私はこの立ち止まりを『素人のくせに、プロのやり方に手を出しちゃったからだ』と自責と揶揄に片づけてしまいたくない。

どこで、どうして、引っ掛かってしまったんだろう、そう考えたいのだ。


(元々手を使うのは好きだし、得意な方だとも思う。

でも、正確さや厳密さが求められると、疲れてしまうんだなぁ…)


正確さや厳密さではない、修復方法。

私がたどりついたのは、『漆喰(しっくい)』だった。


次号に続く。

●むだチャレとは??
周りに話したら「それやる意味あるの?」と言われたり、自分的にもやっても無駄かもと思うことってありますよね?
「無駄」や「無意味」と考えてしまうのは、損得や効率といった ”思考モード”が発動してるから。
けど、「なぜか気になってしまう 」「無性に惹かれる 」「どうしてもやってみたい」
コスパやタイパのことは考えずに、”直感”や”感性”に突き動かされた体験を綴ります。

著者

ヨリミチプレス/キャリアブレイク研究所

ありたい自分になる。

ありたい自分を探す。

はたらくグラデーションをことばに綴る編集室。