韓国で暮らしながら、自分の問いを追いかける
「考えることが趣味なんです。」
そう言って彼女は笑った。好き、ではなく趣味。韓国での暮らしについて聞くはずだったのに、気づけば話は「どう生きるか」という問いへ向かっていた。違和感を見逃さず、納得するまで考える。立ち止まることにも、働くことにも、決まった形はない。「私は何がしたいのか」「私はどうありたいのか」。問い続けることで、自分の言葉を手にしてきた一人の女性の記録である。
「あれ、なんで私は辞められないんだっけ?」
今回のインタビューは、韓国で語学留学中の彼女に会うため、ソウルで行った。
帰国してからでも話は聞ける。それでも韓国で会いたいと思ったのは、その場所にいるからこそ出てくる言葉がある気がしたからだ。
彼女は長くスタートアップ企業で働いていた。
十数人だった組織が千人を超える。
会社が変わるスピードは想像以上だったという。
「私はもともと、なんでこの仕事をやっているんだろうとか、何のためにやっているんだろうとか、そういうことを考えるタイプなんです。」
だからこそ苦しかった。
変化についていくことより、自分の納得感についていくことの方が難しかったのかもしれない。
周囲から見れば順調だったかもしれない。
しかし本人の中には、ずっと説明できないモヤモヤがあった。
「ずっとモヤモヤしてたんですよ。」
そしてある日、ふと考えた。
「あれ、なんで私はこんなに辞められないんだっけ?」
そこから思考が始まる。
それを一つずつ整理していく。
すると気づいた。
「全部、誰かの目だったんですよ。」
少し間を置いて、彼女は笑った。
「なんかダッサって思ったんですよね。」
その言葉が忘れられない。
誰かの期待。誰かの評価。誰かの物差し。
仕事に没頭するうちにいつの間にか、それらを人生の基準にするようになっていた自分への率直な感想だったのだろう。
「私が納得できるかどうかの方が気持ちよくない?」
そう考えた瞬間、やけに重そうに見えていた意思決定が、簡単なものになった。
「何がしたいか」以前に、「何が好きか」わからなかった
一度仕事を辞めてみるという一つの答えにたどり着いたからと言って、次に進む道が見えていたわけではない。
むしろ何も見えていなかった。
「やりたいことなんてなかったんですよ。」
しかし本当に深刻だったのは、その先だった。
「それより、自分が何を好きで何を嫌いかもわからなくなってたんです。」
その言葉にハッとした。
やりたいことがわからない人は多い。
けれど、自分の好き嫌いがわからなくなっている状態は、もっと深い。
会社的にはこう。
キャリア的にはこう。
年齢的にはこう。
いつの間にかそんな基準で物事を見るようになり、自分の感覚がわからなくなっていた。
「社会の中の自分の立ち位置でしか判断できなくなってたんですよね。」
だから少し問いの方向を変えてみる。
もし色んなことを気にせずに、何をしても、どこへ行ってもいいよと言われたら、私はどうするだろうか。
「たった一個だけあった」
その問いを考えている時、ふと昔の記憶が蘇る。
そういえば、一度は海外に住むという経験をしてみたかった。
その時はたった1つ、これしか思い浮かばなかった。
「海外で生きてみたいという思いが、なんとなく昔からあったんですよね。」
日本以外の場所でも暮らしてみたい。日本語以外の言語を理解してみたい。そんな思いを持っていたのだろう。
「日本人の中だけでもこんなにいろんな価値観があるなら、ほかの国の人とも自由に話すことができたらもっと広い価値観に出会えるのになと思っていたんです。」
だから他の国の言語にも興味があった。
でも話を聞いていると、言語そのものより、人それぞれが持つ価値観への興味が大きかったように思う。もっとたくさんの価値観に触れてみたい。自分が当たり前に思っていることを、一度外から眺めてみたい。きっと何か発見があるだろう。そんな思いが根底に流れているようだった。
だから韓国でなくとも、海外である必要はあった。
「海外だったら誰も私のこと知らないじゃないですか。」
どこの会社で働いていたかも。
何歳なのかも。
どんな経歴を持っているかも。
誰も何も知らない。
「私も周りも、ただ『学生』なだけです。」
その言葉を聞いて、韓国留学という出来事が少し違って見えた。
彼女が求めていたのは海外生活ではない。
自分自身を、何者でもない自分に戻す時間だった。
「違和感は、いいネタなんです」
話を聞いていて、一番彼女らしいと思ったのはここからだった。
彼女は違和感を放置しない。
何かに引っかかる。
「なんかモヤっとする。」
すると考える。
なぜ引っかかったのか。何が違和感だったのか。どこに答えがあるのか。
たとえばMBTIの話になった時もそうだった。
自分は計画的かそうでないか、そんな分類に対しても立ち止まる。
「旅行の時はめちゃくちゃ計画立てるんですよ。」
「でも宿題は前日にやるんです。」
「じゃあ私はどっちなんだろう。」
そこで終わらない。
「浮かんでくる違和感、この正体を知りたい。」
「なぜ他の人は違和感なく自分を言い切ることができるのだろう。」
考えすぎじゃないかと言われることもあるらしい。でも本人は首を振る。
「全然苦しくないんですよ。」
そして言う。
「趣味なんです。」
さらにこんな言葉も飛び出した。
「いいネタが生まれた、みたいな感じなんですよ。」
違和感をネタと呼ぶ人に初めて会った。でも話を聞いていると妙に納得する。忙しくて考えられないこともある。その場では置き去りになる。けれど消えない。数か月後。あるいは数年後。別の出来事とつながる。
「あ、あの時の違和感だ。」
その瞬間が来る。
「めっちゃスッキリするんですよ。」
「パズルの最後のピースがはまるみたいな感じです。」
そして、その話をしている時の彼女は本当に楽しそうだった。
違和感は彼女にとって、解消すべきものではないのかもしれない。いつか何かとつながるかもしれない「いいネタ」なのだ。
「めっちゃ面白いですよ。幸せな人生です」
インタビューの終盤。彼女はぽつりと言った。
「めっちゃ面白いですよ。」
そして続ける。
「幸せな人生です。」
韓国にいるから幸せなのだろうか。そうではない気がした。仕事を辞めたからでもない。キャリアブレイクをしたからでもない。違和感を見逃さなかったからではないだろうか。問い続けてきたからではないだろうか。
彼女は答えを探している人には見えなかった。むしろ問いを生きている人だった。
「私は何がしたいんだろう。」
「私はどうありたいんだろう。」
「なんでそう思うんだろう。」
その問いに向き合う。納得するまで考える。そして自分で決める。だから自分の言葉に責任が持てる。だから後悔が少ない。だから幸せだと言えるのかもしれない。
知ることが目的なのではない。知ろうとすること。理解することではなく、理解しようとすること。彼女を見ていると、そんな気がしてくる。
おわりに
帰国後ではなく、韓国で話を聞きたいと思った理由は正しかったように思う。
彼女が見つけたのは答えではなかった。
「問い」だった。
働くことにも、立ち止まることにも、さまざまな形がある。
転職する人もいる。休職する人もいる。旅に出る人もいる。今いる場所で問い続ける人もいる。どれが正解ということではない。ただ、自分とは異なる文化や価値観、人との出会いによって、自分の当たり前が揺らぐことはある。そして、その揺らぎの中から新しい問いが生まれることもある。
「私は何がしたいのか。」
「私はどうありたいのか。」
彼女は帰国してからも、きっと考え続けるのだろう。
そしてまた、新しい違和感を見つけるのだと思う。
その違和感を追いかける旅は、まだ続いている。
2026年06月14日
PARTNER
キャリアブレイク中
新井田久美子
急成長するスタートアップ企業で、営業から人事までさまざまな職種を経験。15人から1200人規模へと成長する組織で働くなかで、自分自身と向き合う時間の大切さを感じ、キャリアブレイクを選択。韓国へ半年間の語学留学に挑戦し、語学を学びながら異文化のなかで暮らし、働くことや生きることについて改めて考える時間を過ごした。
WRITER

卜部 小夜子
月刊無職, mada books運営 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所 理事
2020年合同会社うみのなか商店設立。障害の有無にかかわらず、"誰もが健康的にはたらく暮らしができる社会"を目指し、おしゃべりできる図書室「あかり図書室」、就労事業所とともに世界に通用するブランドをつくる「北浜縫製」を運営。2022年より一般社団法人キャリアブレイク研究所に設立時理事として関わり、離職・休職をポジティブに捉える「キャリアブレイク」を文化にする活動を行う。毎月6日に発刊する『月刊無職』、"まだの時間"を楽しむ書店「mada books」の企画運営を担当。精神保健福祉士、就労福祉ワークデザイナー、産業カウンセラー。
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