思想・歴史・海外事情

vol.5 書籍「贈与経済2.0」が目指したもの——ゼロ地点に立ち戻れる社会
渋谷で人のいない道を歩く哲学者荒谷氏は雑踏が嫌いだという。理由を聞くと、こんな答えが返ってきた。みんな流れに身を任せている体が本当に嫌なんですよ。ほとんど何も考えずに足を進めている。一般性に乗っかってさえいれば前に進めるという、その身体の状態に抵抗があります。システムのコードを身体に染み込ませている動きのように思えて。

vol.4 ゼロ地点に立つ、ということ——1から数えるのではなく、0から数える
前提を外すと、カオスになるのか哲学には「括弧に入れる」という作法がある。ある命題を、正しいとも誤りとも判断せず、いったん保留にする。その状態で思考を動かしてみる。荒谷氏が「ゼロ地点に立つ」と呼ぶのも、これに近い。ただし、対象はもっと根本的なものだ。私たちが「当たり前」と思って疑わずにいる、あらゆる前提そのもの。普通は1

vol.3 「肺がちっちゃくなっていた、それがなぜか面白かった」
「死んでみる」という解放を語った第2話の後、荒谷先生はこんな話を持ち出した。大学1年か2年のころ、しばらく息苦しい日々が続いていた。階段を少し上るだけで肩で息をする。友人に心配されて病院へ行き、レントゲンを撮ってもらったら、片方の肺がずいぶん小さくなっていた。医者には「あと何日かで壊死していた」と告げられた。「めっちゃ
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vol.2 「死んでみる」という解放――フモール生活への入口
フモールが単なる概念ではなく、日常の中で実践できる生き方の技術であることが明らかにする。キーワードは「死んでみる」。物騒に聞こえるかもしれない。しかしこれこそが、囚われた自分を解放する、もっとも根本的な方法だと荒谷氏は言う。デジタルデバイスを取り上げられた日々の中で荒谷氏には今年、隔週で身体を拘束されるような仕事が入っ
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vol.1 「当たり前」を宙吊りにすること、そしてキャリアブレイクという余白
連載をはじめるにあたってタイトルにもなっている「フモール(Humour)」は、英語の「ユーモア」の語源となった言葉です。つづりを見て、はっとした人もいるかもしれません。この言葉の由来は、古代ギリシャ医学の体液説に由来し、喜劇的なバランスの崩れた人物を笑う風刺劇の用語を経て、英語へと渡りました。そしてデンマークの哲学者キ