Career Break Journal

「暇(いとま)」という戦略 ── 牟岐町・八木俊樹さんが、行政とキャリアブレイクをつなげた方法

「暇(いとま)」という戦略 ── 牟岐町・八木俊樹さんが、行政とキャリアブレイクをつなげた方法

徳島県牟岐(むぎ)町で「暇(いとま)留学」というプログラムを企画した八木俊樹さん。2週間、地域おこし協力隊の業務を体験しながら、暮らしと次の働き方のヒントを見つける——そんな滞在型プログラムを、行政と組んで作り上げた。

公開直後から「興味あり」が相次ぎ、むしょく大学とのコラボイベントには約30名が参加。カジュアル面談はひと月で22名にのぼる。

これから地域でキャリアブレイク向けのプログラムを作ろうとしている人に向けて、八木さんが実際にどう行政を動かし、どんな仕組みを使い、どうやって人を集めたのか——その手順を記録したい。

「育休だと思っていた」キャリアブレイク

八木さんは2016年に新卒でリクルートに入社し、ホットペッパーグルメの営業を7年弱経験した。2022年末に退職し、そこから半年ほどのキャリアブレイクの期間を持った。

「失業保険を、自分の中で育休手当だと思って」と八木さんは振り返る。当時はまだ「キャリアブレイク」という言葉を知らなかった。自分の中では「育休」という認識だったという。独立する予定はあったものの、退職そのものは「自分の衝動に駆られた」感覚だったそうだ。


このとき八木さんが体験していたのは、後から振り返れば紛れもないキャリアブレイクだった。名前を知らないまま、すでにその渦中にいた——というのは、キャリアブレイクという現象が「新しく生まれたもの」ではなく「すでに起きていたことに名前がついた」ものだという研究所の立場とも重なる。

移住の決断は、その後にやってきた。きっかけは家族の事情だった。2022年7月に娘さんが生まれ、しばらくは奥さまの実家がある徳島県牟岐町と大阪を1ヶ月ごとに行き来する生活を送っていたという。やがて奥さまの復職と娘の保育園入園のタイミングで移住を決断した。

観光では伝わらない。だから「長く滞在してもらう」という発想

移住後の1年目は、移住者の1人として田舎暮らしを楽しんでいたという八木さん。2年目に入ると、消防団や祭りの団体、サーフィン仲間との関わりが深まり、地域への愛着が増していった。

転機になったのは、牟岐町が主催する官民連携を検討する場に呼ばれたことだった。人口減少という地域課題に対して何かできないか、という議論の場で、八木さんは「地域おこし協力隊のインターン制度を使って関係人口づくりができるのではないか」と提案した。

最初のテーマは「観光客を増やせないか」だったという。「観光ってキーワードだけど、なんかちょっと違うな、というのが僕の中であった」と八木さんは言う。移住者として自分自身が体験し、感じていたのは、牟岐の魅力を伝えるのは1泊2日のような短期滞在ではなく、もう少し長いスパンで“暮らし”を味わっていただくことなんじゃないか。だとすれば、伝えたいのも「観光地としての魅力」ではなく「暮らしの魅力」のはずだ——そう考えたとき、短期の観光プログラムよりも、長期滞在型のプログラムの方が筋が通る、という発想に至った。

そこに偶然、牟岐町が前年から当時、徳島県で唯一導入していた地域おこし協力隊インターン制度が重なった。ただし当時は「協力隊インターン生募集」という枠組みは存在していたが、具体的なプログラムにはなっていなかった。「だったら、もう少し官民で連携して練り込んだプログラムを一緒に作れたらいいんじゃないか」というところから、企画が形になっていった。

すでにあった制度を、コンテンツとして練り上げる。ゼロから何かを作るのではなく、すでにある仕組みに意味を重ねていった。

行政への説明で鍵になったのは「データ」と「書籍」

企画の方向性が固まっても、もうひとつ壁があった。「キャリアブレイク」という言葉そのものが、行政側にはまったく馴染みがなかったことだ。


「正直、役場の方からするとキャリアブレイクっていう言葉は伝えても、結構ハテナが浮かんでるんですよ」と八木さんは率直に語る。

そこで八木さんが取った説明の順番が、いきなり「キャリアブレイク」という概念から入るのではなく、まず「1泊2日や2泊3日では牟岐町の魅力は伝わらない」という共通理解を作った。そこから「では1週間、2週間滞在できる人はどこにいるのか」という問いに進む。

行政の担当者の方から「そんな人いないでしょう、都市部に」という空気になったタイミングで、八木さんはキャリアブレイク研究所のデータを提示した。「実はキャリアブレイクをしている方々が、世の中にこれだけいるらしいんです」と伝えると、行政担当者からは「そんなにいるんですか」という反応。八木さんから「しかもネガティブじゃなくポジティブに、立ち止まっているらしいんです」と声をかけると、さらに驚きの反応があったという。

八木さんはキャリアブレイク研究所のデータや書籍を使ってくれている。「行政側と私がやりたいことの関心事はやっぱり全然違う文脈だったりはしたので、その辺が合わせられたのは大きかったかもしれない」と振り返った。

つまり、「キャリアブレイクとは何か」を説明するのではなく、行政の課題(関係人口・定住人口創出)に対して、それを実現する母集団として「すでにこれだけの規模で存在する、滞在可能な人たち」として接続する。キャリアブレイク研究所のデータと書籍は、この翻訳作業を支える具体的な道具として機能していた。

キャリアブレイク白書2025

2週間で「自分を磨く時間」を設計する

行政との座組が整ったところで、プログラムの全容を作っていったそう。

「暇留学」の大目的は、文字通り「暇を過ごしてもらうこと」だと八木さんは言う。とはいえただ何もしないわけではなく、1日に1つか2つ、牟岐町ならではの場——第一次産業や高齢者福祉、島の暮らしなど——に、必ず人と一緒に関わる形で案内する設計になっている。

スケジュールは3段階に分かれる。

最初の2日間(木・金)は、役場の職員と一緒に町を一通り案内するオリエンテーション期間。続く2週目の月曜から金曜までは、テーマを決めた体験や交流の場を用意する期間。そして最後の3日間は、参加者が「もし、牟岐町のような町で活動するなら?」という問いに、それぞれ興味を持ったテーマを1つ選び、個人で深掘りする時間にあてられている。

この設計の核にあるのは、暇の語源。暇の右側の部首である「叚 」は、「磨かれる前の原石」という意味だそうだ。それがコンセプトだ。コーチングやワークシートを使って意図的に考えさせるのではなく、「自然に身を委ねる」ことを重視している。「自然な場に任せて、もしかすると自分は農業をやりたいのかもしれない、海が好きだったのかもしれない、というのを自然と見つけていただく機会にしてもらえたら」と八木さんは話す。

ターゲットは、地域や地方に興味がある層、キャリアブレイク中の人、そして時間に余裕のある大学生。森・里・川・海・島がコンパクトに揃う牟岐町だからこそ、2週間という限られた期間でも“地方の魅力”と“過疎地域の課題”というものを一通り体験できるという狙いもある。

むしょく大学とのコラボでの出会い

今回の「暇留学」を広報PRする場として、むしょく大学とのオンラインコラボイベントも開催した。申し込みは31名と盛況。むしょく大学からの参加も含めて、公開からひと月で、カジュアル面談には22名が参加した。

「僕たちはやっぱりどっちかというと、入りはゆっくりしたい方からのご応募をいただいている印象」だと八木さんは振り返る。

カジュアル面談で印象的なエピソードとして挙げてくれたのは、もともとIT系のスタートアップで働いていて体調を崩し、退職した方の話だ。地方に少しずつ興味を持ち、農業ボランティアなどに単発で参加していたところ、暮らしをもっと体験してみたいと考えていたタイミングで暇留学のプログラムに出会い、興味を持ったという。「一番イメージ通りというか、そうそう、そういう方に来てほしいと思っていました」と八木さんは話していた。

地域とキャリアブレイクが相性がいい理由

地方で暮らしたことのない人がキャリアブレイクして地域に来ると、キャリアブレイクが経るとされる5段階のプロセスを、地域でもたどることになるのではないか、というのが八木さんの仮説だ。

キャリアブレイクの5段階とは、キャリアブレイクをスタートすると経る5つの段階。最初は解放的な気分で過ごすものの、虚無感が襲ってくる。その後、実はこれがしたかったと、私を主語にして話す「実は期」がくる。しかし理想的なことと現実のギャップに苦しむ「現実期」を経て、調整しながら接続していくという5つの段階のこと。


「場としても、地域はそれを起こせるんじゃないかな、というところで、相性がいいんだろうな」と八木さんは話を締めくくった。

会社員時代から数年を経て、自分が感じてきたことが形になっている実感について、八木さんは「もし自分がもう一度独身の時代に戻れるなら、キャリアブレイクして暇留学に参加したかった」と語る。暮らしと、次に働くテーマを見つけること。この2つを同時に経験できる場として、地方には都市部では気づけない手がかりが転がっている——というのが、八木さんが身をもって感じている実感だという。

人口3,300人ほどの牟岐町では、農家の最年少が50代、平均年齢は70近いという現実もある。農家だけでなく、至る所で同じような高齢化、後継者不足という町の課題と、次の働き方のテーマを探している人——その両方が、同じ場所で出会う構造を、八木さんは見出している。

おわりに ── 地域でプログラムを作ろうとしている方へ

八木さんのプロセスを振り返ると、特別な予算や仕組みがあったわけではない。すでにあった地域おこし協力隊インターン制度を見つけて練り直し、行政の関心事(関係人口創出)にキャリアブレイクという文脈を接続し、その橋渡しにキャリアブレイク研究所のデータと書籍を使った。そして、むしょく大学とのコラボによって、その存在を一気に可視化した。

「新しいことを売り込む」のではなく、「すでにある制度」と「すでに起きている現象」を、丁寧に翻訳してつなげる。

キャリアブレイク研究所では、こうした地域での企画づくりに関する伴走や、むしょく大学とのコラボレーションについても相談を受け付けている。「うちの地域でもやってみたい」と感じた方は、ぜひ問い合わせてみてほしい。

2026年07月09日

PARTNER

徳島県牟岐町「暇留学」

徳島県牟岐町「暇留学」

八木俊樹

株式会社WiRoots代表。2016年リクルート入社、ホットペッパーグルメの営業を約7年経験したのち2022年末に退職。2024年3月、徳島県海部郡牟岐町へ移住。2026年より地域おこし協力隊インターン制度を活用し、滞在型プログラム「暇(いとま)留学」を企画・運営している。

WRITER

北野 貴大

北野 貴大

代表理事 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所

2014年にJR西日本グループに新卒で入社し、都市開発に従事。妻のキャリアブレイクをきっかけに、キャリアブレイク中の人のための宿「OKAYU HOTEL」を2021年にスタート(現在は奈良で運営中)。退職後、一般社団法人キャリアブレイク研究所を理事2人と共に2022年に設立。2023年より、大阪公立大学大学院経営学研究科付属イノベーティブシティ大阪ラボ特別研究員。

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