地方には、人を変える力があるー社会学者・齊藤祐輔が読み解く、キャリアブレイクと地方の親和性ー

地域のおじいちゃんに頼まれて、農作業を手伝った。 漁師の話を肴に、見知らぬ人と夜遅くまで酒を飲んだ。 何気なく役割を渡したら、その人がみるみる変わっていった——。
地方に関わる人なら、そんな経験が一度はあるはずだ。「うちの地域はたいしたことない」と思いながらも、外から来た人が生き生きとしていく様子を、少し不思議な気持ちで眺めてきた人も多いのではないか。
それは偶然でも、気のせいでもない。
社会学者の齊藤祐輔氏は、東日本大震災後に宮城県気仙沼市へ移住した若者15人へのインタビューを通じて、「地方が個人のアイデンティティに与える影響」を学術的に明らかにしてきた。そして今、その知見がキャリアブレイクという現象と深くつながっていることに気づき始めている。
「キャリアブレイク」を研究対象にしようと思った理由
齊藤氏自身、キャリアブレイクの経験者だ。震災を機に気仙沼へ移住し、NPOを立ち上げながら、大学院で社会学を学んだ。キャリアの文脈だけで見れば、いわゆる「寄り道」に満ちた道のりである。しかし、その寄り道こそが自分を形成してきたという実感が、研究の根っこにある。

キャリアブレイクという言葉への関心は、実体験から来ています。それに加えて、キャリアブレイクの期間が生まれずに生涯を終えることが、これからは珍しくなっていくんじゃないかとも思っていて。こうした実態やそれに伴うニーズは増えているんじゃないかと感じているんですよね
さらに齊藤氏は、自身の博士論文の調査の中で、ある事実に気づいた。気仙沼に移住した若者たちの話を聞いていると、移住の前後を含めた時期に、キャリアブレイクをしていた人が少なくなかったのだ。
結果として、私を含め、移住者の一部はキャリアブレイクを経験していたんだなと。まさにキャリアブレイクをしていたんだなと。キャリアブレイクという言葉をもらって、ようやく説明ができるようになった感じがしました
人は、「社会圏の交差」によって変わる
齊藤氏の研究の核心にあるのは、19世紀ドイツの社会学者ゲオルク・ジンメルが提唱した「社会圏の交差」という概念だ。少し難しい言葉だが、齊藤氏はこう説明する。
社会圏というのは、簡単に言えばコミュニティのことです。私たちは複数のコミュニティに属していますが、そこに重なりが少ない、異質なコミュニティを加えていくと、個性化が進むとジンメルは言っています。
例えば、同じ会社の同僚と、同じ地域の自治会と、同じバイト先の仲間。これらは属するメンバーが重なりやすく、出会う人の幅が限られる。ところが、全く縁のなかった地方へ移動して、農家のおじいちゃんと話し、移住者仲間と出会い、地域のプロジェクトに巻き込まれる。これが「社会圏の交差」であり、人の個性化を促すというのだ。
大阪にいて関西弁を喋っていても全然特殊じゃないですよね。でも気仙沼で関西弁を喋っていたら、一気に特殊な存在になる。周りから『あの人は関西弁を喋るやつだ』と特定されていく。これが「社会圏の交差」による「個性化」の一端になります。
ただし、ただ旅をするだけでは不十分だと齊藤氏は言う。重要なのは「没入」——その場に身を委ね、相互作用を積み重ねることだ。
さらっと観光で行っただけでは、個性化には至らない。その地域に密にコミュニケーションを取っていく、相互作用を積み重ねていく。それが没入ということです。移住してみて初めてわかること、住んでみて初めて出会える人がいる。

地方だからこそ生まれる「あなただけの役割」
では、なぜ地方でこそ、この変容が起きやすいのか。
齊藤氏が調査を通じて見えてきたのは、「個別的な役割の享受」という現象だった。
都市は匿名性が高い。店員とお客さん、会社員と取引先。どちらも代替可能なんですよ。ところが地方に行くと、匿名性が排除されて、『齊藤さんならこれちょっとお願いするわ』という、あなただけの役割が生まれやすいんです。
「若い人だからこれを手伝って」と頼まれる。知識を持っているから何かを任される。最初は40人のボランティアの中の一人だったのに、ある人との会話がきっかけで、「あの時バーベキューに来た子ね」と個別に認識される。その積み重ねが、「何者かになる」プロセスを後押しするのだという。
気仙沼のインタビューでも、この変化はさまざまな形で現れた。移住者として地域に溶け込み「地元の人」になっていく人。母親という役割を得て、生活者としての自分が育っていく人。観光の仕事を通じて「気仙沼民になった」と語る人。入り口はそれぞれ違っても、地域の中に自分だけの居場所と役割を見つけていく過程は共通していた。
キャリアブレイク中の人が、地方に向かう理由
北野(キャリアブレイク研究所代表)がこの話を受けて、キャリアブレイク経験者の視点からこう語った。
みんな、なにかに囚われているんですよ。要りもしない価値観とか、周囲からの期待とか。で、社会圏の交差を経ると、その囚われ感が相対化されるんです。囚われてたものがちっぽけに感じる。
まさにキャリアブレイクとは、肩書きや所属が一度剥がれ落ちる時期でもある。会社員でも、学生でも、何かの「役割」でもない状態で、ふと地方に足を運ぶ。そこで農家のおじいちゃんに「若いんだからこれ手伝って」と言われる。見知らぬ移住者と夜通し話す。名前で呼ばれ、顔を覚えられ、「あなた」としての役割が少しずつ生まれていく。
それが、キャリアブレイク中の人が地方に引き寄せられる理由のひとつではないかと、齊藤氏は言う。
意義を見失って、仕事とか生活の中でなんかここじゃないかもという感覚を持ちながら、地方に来た人たちがいたんですよね。移住という形をとった、キャリアブレイクの期間だったのかもしれません。そういう人たちが、地域の中で役割と意味を見つけていく。そこが、地方とキャリアブレイクがつながっていく場所なんじゃないかと思っています。
地域の人が「無意識にやってきたこと」の意味
ここで、冒頭の問いに戻ろう。
地域のおじいちゃんが若者に農作業を頼んだのは、なぜか。移住者を名前で覚え、個別に声をかけてきたのは、なぜか。地域の人たちは、理屈でそうしてきたわけではない。ただ自然に、目の前にいる人と関わってきただけだ。
しかしその「自然な関わり」が、社会学的に見れば、社会圏の交差を生み、役割を与え、人の変容を促す構造になっていた。
政策などの整備された受け皿も大事です。それに加えて、余白のある場所が人を変えるという観点も大事だと思っています。誰かに貢献できる余白、地域の良いものを発見できる余白。消費者にならない関わりの余白が地方にはある。それがウェルビーイングの観点からも、幸福感につながる可能性がある。
と齊藤氏は言う。
地方の日常の中に、もともとそういう余白がある。農作業も、祭りの準備も、商店での他愛ない会話も、よそ者を名前で呼ぶ習慣も。それらが組み合わさって、都市では得られにくい「相互作用」を生んでいる。
「余白のある場所」が、これからの地域資源になる
齊藤氏は最後にこう語った。
社会圏の交差が生まれる街と生まれない街の違いは何か、ということを考えています。個別的な役割を享受できるか、やっていることに意味性を感じられるか。それが大事だと思っていて。整備されていない余白があって、そこで誰かが貢献できる、地域のいいものを発見できる——そういう環境が、実は地域の大切な資源なんじゃないかと。
キャリアブレイク中の人は今、全国に数多くいる。肩書きが剥がれ、意味を問い直し、どこかに向かおうとしている。彼らが地方に引き寄せられるのは、そこに「あなただけの役割」が生まれる余地があるからかもしれない。
地域の人が長年、当たり前のようにやってきたこと。それがキャリアブレイクと出会うことで、新しい意味を持ち始めている。
2026年05月11日
PARTNER

齊藤祐輔
宮城大学事業構想学部
社会学者。東北大学大学院にて博士号取得。専門はアイデンティティ論、ウェルビーイング、若者研究。東日本大震災を機に宮城県気仙沼市に移住し、NPOを共同設立。現在も二足のわらじで活動を続ける。博士論文では、気仙沼に移住した若者15人のインタビューを通じて、「社会圏の交差と個性化」という観点から現代の若者のアイデンティティ形成過程を明らかにした。
WRITER

北野 貴大
代表理事 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所
2014年にJR西日本グループに新卒で入社し、都市開発に従事。妻のキャリアブレイクをきっかけに、キャリアブレイク中の人のための宿「OKAYU HOTEL」を2021年にスタート(現在は奈良で運営中)。退職後、一般社団法人キャリアブレイク研究所を理事2人と共に2022年に設立。2023年より、大阪公立大学大学院経営学研究科付属イノベーティブシティ大阪ラボ特別研究員。
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