Career Break Journal

vol.3 「肺がちっちゃくなっていた、それがなぜか面白かった」

vol.3 「肺がちっちゃくなっていた、それがなぜか面白かった」

「死んでみる」という解放を語った第2話の後、荒谷先生はこんな話を持ち出した。

大学1年か2年のころ、しばらく息苦しい日々が続いていた。階段を少し上るだけで肩で息をする。友人に心配されて病院へ行き、レントゲンを撮ってもらったら、片方の肺がずいぶん小さくなっていた。医者には「あと何日かで壊死していた」と告げられた。

「めっちゃ面白くて。その場で友達に『肺が半分なかったって』って本気で笑いながら言ったら、めちゃくちゃ引かれた(笑)」

生死に関わる話を、なぜ笑えたのか。この問いに、フモールの本質が凝縮されている。

「ピュアに事象を見る」と、笑える

荒谷先生が言うには、「他人の肺がちっちゃくなっていたら、同じようには笑えなかった」。自分だから笑えた。なぜなら、自分が死ぬだけだから何のリスクもなく、「こんなことがあり得る?」とまっすぐ驚けた。

北野は聞いた。「笑えるかどうかって、事象をフィルターなしにピュアに見られるかどうかで決まる気がします。肺がちっちゃいことも、親に迷惑をかけるとか、いろんな背景と結びついた瞬間に笑えなくなる。でも、ただ『肺がちっちゃい』という事実だけを見たら、なんでちっちゃいねん、ってなりますよね」

荒谷先生はうなずく。社会的な意味づけや関係性の網に絡まると、できごとは途端に重くなる。でも、その網を一度外してピュアに事象を見ると、同じことが「面白い」に変わる。これがフモールの回路だ。

冗談の「誠実なバージョン」がフモール

── 真面目さと誠実さは、ちがう

荒谷はフモールをこんな言葉で入口にする。「真面目さと誠実さって、重なるけどずれている」。冗談を言うとき、人は「真面目」な状態から外れる。規範や役割から少し浮いて、緊張が緩む。でも、その冗談には誠実な場合と不誠実な場合がある。不誠実な冗談とは、たとえばこういうものだ。場の空気を和ませようとして笑いを要求し、相手が真剣になると「冗談だから」とかわす。笑いを使って、相手の反応をコントロールしようとする。荒谷はこれを「笑うことが正義」という空気として描く。そこには強制力があり、居心地の悪さがある。

フモールは逆だ。笑わせることも、場を支配することも目指さない。自分自身もそこで笑われる立場に立つ。社会的な正しさを要求できない場所に、自らを置く。

「無職です」を笑えるかどうか

ここで北野は、キャリアブレイク中の人たちの話を重ねた。

「無職」というラベルは、周りからも貼られるし、自分でも貼ってしまう。そこに「どうしよう」「申し訳ない」という社会的な意味が一気に乗ると、笑えなくなる。でも「何の照れもなく、ちょっと面白くない?無職って」と言える人は、明らかに違う立ち位置にいる。

荒谷先生は言う。「でも周りが『そんなことないよ』と言っても意味がない。自分が内面化している価値基準を相対化しないといけないから。自分で解放される必要がある」

それはチャンネルを一個切り替えるような感覚だ、と荒谷先生は続ける。能力の問題ではない。自分がどこかで背負わなくてもいい価値づけを、まだ背負っていないか。それだけの問題だ。

「ちっぽけに感じる」がアドバンテージになる

荒谷先生が好きだという話がある。天敵に遭遇すると足を伸ばしてバタンと倒れてしまう動物の話だ。捕食者に出くわした瞬間、逃げるでも戦うでもなく、ただ食べられる体勢になる。

「自然界の摂理で、食べられる側がいないといけない。その動物にとっては命を失うわけで、シャレにならない。でも、めっちゃおもろい」

肺がちっちゃかったことを笑えたのと、同じ回路だ。ピュアに事象を見ると、生死でさえ「面白い」に変わる瞬間がある。

北野は言う。「ちっぽけに感じるスキルって、すごく大事な気がします。大ごとに考える人もいる中で、ちっぽけに感じられると、囚われていた時より物がよく見えるし、身体的にも楽になる」

荒谷先生は静かにうなずく。どうせ長く生きられるわけではない。生に執着するほどつらくなるなら、笑った方が絶対に面白い。無理に笑う必要はないけれど、ピュアに見ると「面白い」は自然と出てくる。それがフモールの正体だ。

笑えると、世界が少し開く

第2話で「死んでみる」という言葉を受け取った時、重さを感じた読者もいたかもしれない。でも第3話で見えてきたのは、その先にある軽さだ。

肺がちっちゃくなっていたことを笑えた荒谷先生は、何か特別な達観を持っていたわけではない。ただ、その瞬間に社会的な意味づけから少し離れて、事象をそのまま見ることができた。

キャリアブレイク中の人がある日、「無職ってちょっと面白くない?」と思えた瞬間があるとしたら、それはフモールの回路が少し開いた瞬間かもしれない。

2026年05月06日

PARTNER

荒谷大輔

荒谷大輔

慶應義塾大学文学部教授/江戸川大学名誉教授

専門は倫理学・哲学。近現代フランス思想、とりわけジャック・ラカンに依拠した精神分析を主たる研究領域とする。近年は資本主義以後の社会モデルに関心を寄せ、著書『贈与経済2.0』において貨幣に代わる価値の媒介としての贈与の制度化を構想。理論と実践を往還する姿勢を貫いている。

WRITER

北野 貴大

北野 貴大

代表理事 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所

2014年にJR西日本グループに新卒で入社し、都市開発に従事。妻のキャリアブレイクをきっかけに、キャリアブレイク中の人のための宿「OKAYU HOTEL」を2021年にスタート(現在は奈良で運営中)。退職後、一般社団法人キャリアブレイク研究所を理事2人と共に2022年に設立。2023年より、大阪公立大学大学院経営学研究科付属イノベーティブシティ大阪ラボ特別研究員。

この記事への感想

読み込み中...

送信しました。承認後に表示されます。

もっと読む