Career Break Journal

一人旅なのに、一人でいたくない。ゲストハウスが教えてくれる、キャリアブレイク中の人の動き方

一人旅なのに、一人でいたくない。ゲストハウスが教えてくれる、キャリアブレイク中の人の動き方

2011年元旦、前田有佳利さんはブログを始めた。リクルートで働く社会人2年目。家と会社の往復だけの生活の中で、ふとしたきっかけで訪れた東京のゲストハウス。それが、日本各地のゲストハウスを紹介するWEBメディア「FootPrints」の出発点だった。以来15年、全国200軒以上のゲストハウスを旅し、取材し、書き続けてきた。現在はフリーランスライターとして、ゲストハウスと地域まちづくりを専門分野に活動する。

ゲストハウスというレンズを通して、キャリアブレイク中の人はどう見えるのか。そして、なぜ彼・彼女たちは旅に出て、ゲストハウスに向かい、気づけば地域と関わるようになるのか。観察者であり続けてきた前田さんに話を聞いた。

最初の一歩は「自分の生息域をもう一つ作りたい」だった

前田さん自身のゲストハウスとの出会いは、いまのキャリアブレイク研究所が語る変容プロセスと、驚くほど重なっている。

リクルートで働き始めた2年目、仕事でいっぱいいっぱいになって、家と会社しか自分のコミュニティがなくなっていた。「会社でダメな自分」になったら、もう「ダメな私」しか残らない。変わりたいのに変われない、そういう状態だった。

サードプレイスみたいな感じでは思ってなかったんですけど、とりあえず違う場所に自分の生息域を置きたいって思ったんです、もう一つ

きっかけは東京にある友人のシェアハウスに泊まった際、同居人から問いかけられた一言だった。「将来何がしたいの?」——就職してからもそういうことを考えていいんだ、と気づかされた。そして後日、その同居人から「あなたの将来像のイメージに近いかも」と紹介され、初めてゲストハウスを訪れた。

うわ、こんな空間いつか自分も作りたい、と思ったら、目の前にいる同世代の人たちはもうすでに作っていて。すごく遠い未来じゃなくて、近い未来で私もこういう場所を作ってみることができるかもしれないって希望に変わって。

その日から、ゲストハウスを巡り始めた。「いつか作りたいから」と始めた備忘録のブログが、やがてメディアになった。

観光客でも移住者でもない、第三の存在

長年ゲストハウスを取材してきた前田さんが感じてきた、キャリアブレイク中の人たちの存在。旅の場でそれは、少し不思議な輪郭を持っている。

観光客でもないし、移住者でもない、なんかこの辺、というか。『旅しに来たの?』って言われると『旅しに来たかも』みたいな感じだし、『移住先探しに来たの?』って言われたら『探してもいる』みたいな。

どちらかに分類しようとすると、するりと抜ける。そういう人たちが、ゲストハウスには確かにいる。

ゲストハウスって、自分の日常とは異なる日常に入って、自分の生息域をふわりと広げられる場所だなって思うんですよ。だから、自分の生息域をもう一つ作りたいと思った私がゲストハウスに出会えたように、離職や休職、もしくはその少し手前にいる人たちが、普段とは違う日常に触れたくて、ゲストハウスにたどりつくことは多いのかなって感じます。

キャリアブレイクという言葉が広まる以前から、その実態はゲストハウスにあった。名前がつくより先に、人はそこにいた。

「一人旅なのに、一人でいたくない」という矛盾

キャリアブレイク中の人のゲストハウスの使い方には、ある共通する動機がある。前田さんはそれを、こんな言葉で説明してくれた。

友達を誘って旅行に行きたいけど、みんな平日働いてて休みが合わない。私にはたくさん時間がある。でも普通のホテルに泊まってしまうと、一人一室完全にあてがわれて、誰とも話さずにチェックイン・チェックアウトができてしまったりする。だから、誰かと話したり、一人旅を同じようにしている人たちと少しでも接点ができる場所をと思ってゲストハウスに来た、という方はいて。

一人旅だけど、一人旅じゃない旅がしたい。その矛盾のようなニーズを、ゲストハウスはそのまま受け止める。共用スペースで自然と会話が生まれ、会いたければ会える、一人でいたければそれでもいい。その「余白ある場」が、キャリアブレイク中の人に合っている。

日本は一斉休暇型の社会だ。土日祝、盆、正月、ゴールデンウィーク。みんなが同じタイミングで休む。だから、キャリアブレイク中に「休んでるのは私だけ」という孤立感は生まれやすい。そういう人が平日にゲストハウスを訪れると、「あれ、日本人私だけ?」という場面に出会うこともある。海外からの旅人、フリーランス、会社経営者、休暇中の人——「土日祝が休みの企業に勤める人」とは違うリズムで動いている人たちと、偶然隣り合う。

キャリアの情報が、人を見てから出てくる

ゲストハウスには、独特の「フラットさ」がある。前田さんはその理由を、情報の出てくる順番で説明する。

ゲストハウスに泊まっていると、オーナーさんが『あ、和歌山出身のだりさんです』とか言って他のゲストに紹介してくれることもあって。その時点でその人のニックネームとどこから来たかみたいな情報だけバクッとわかって、そのまま話が進んで。後から色々仲良くなって聞いたら、どっかの会社の社長さんだったみたいなことがあったりする。

普通の場では「どこどこの代表の何々さん」という情報が先に来る。肩書きが前に出る。すると、こちらの構え方も変わる。でもゲストハウスでは逆だ。人が先に来て、キャリアは後からついてくる。

本来だったら取材とか別の場所で出会うと、どこかの会社の代表されている何々さんとかっていう情報が先に出て、こっちがこう萎縮してしまったりするような情報が、人柄を知ってから出てくるので。子供同士が公園で遊ぶみたいな、まじりっけのないやり取りが割と起きやすいから居心地がいいんですよね。

キャリアブレイク中は、肩書きや会社名という「よろい」を脱いだ状態だ。その状態と、ゲストハウスのフラットな場が、はまる。

ゲストハウスは地域への「入口」に立っている

自分と同じように旅している人たちとの出会いが、キャリアブレイク中の人にとっての第一段階だとすれば、地域との関わりはその次にやってくる。前田さんはその順序を、こんな構造で説明する。

宿のオーナーさんとかスタッフさんから、『あなたの話を聞いてたら、あのお店が合うと思うから行ってみたら』とかって言われるんですよ、占いみたいですけど。本当に自分に合った選択肢を教えてもらえるっていうのは、地域の案内所みたいにゲストハウスが入口に立っているから、地域に入りやすいですよね。

地域に「突然飛び込む」のは、ハードルが高い。地名も、店名も、人のつながりも何もわからない状態で、一人で地域に入っていくのは難しい。でもゲストハウスというクッションがあると、見え方が違う。

全く知らずにその地域を訪ねたら、通り過ぎてしまっていたかもしれないお店も、『あそこの宿のオーナーさんにこういう話聞いたんですけど』って切り出したら、そこで店主の人と意気投合したりとか

前田さんはこの現象を、視力検査に例えた。もともとそこにあるのに見えていなかったものが、一枚のレンズを差し込まれることで急にピントが合う。ゲストハウスのオーナーの一言が、そのレンズになる。

さらに、他のゲストたちも一緒に動き始めることがある。

同じタイミングで泊まった人たちが同級生というか、生徒たちで、宿オーナーさん・スタッフさんは先生みたいな感じで。宿のオーナーさんが『あのお店面白いよ、合うかも』みたいなのを、生徒たちでわらわら、『あ、じゃあ私行ってみようかな』『え、私も行ってみたいから、じゃあ一緒に行く?』みたいな現象になってるのが楽しいですよね。

一人では踏み出せなかった一歩が、仲間と一緒なら踏み出せる。その「仲間」との偶然の出会いも、ゲストハウスがあってこそだろう。

ゲストハウスは「百科事典」だった

前田さんにとってゲストハウスは、「RPGのHP回復スポット」でもあり、もう一つの比喩——「百科事典」でもある。

普段の生活だったら、百科事典のたった一ページの部分でしか出会ってない感覚があって。同じ会社のア行のこの部分しか毎日会ってないけど、ゲストハウスに行くと、アイウエオといった具合にいろんな行があって、ローマ字の部分まである。普段なら接点がないような人や出来事と出会うなかで、自分の中にある百科事典が分厚くなっていくような感覚です。

ゲストハウスから離れて普段に戻った時、壁にぶつかると「あの人だったらなんて考えるんだろう」と思う。引用先が増える。そのことが、日常にふわりと追い風をくれる。

これはキャリアブレイク中の人に限った話ではない。むしろ、キャリアブレイクに至る前から、「ア行のページしか知らないから変われない」という状態にいる人は多い。

周囲から変わりなさいって言われたとしても、ア行しか知らないと、ア行のページでしか変わり方を考えられないんですよ。だから変われない。自分なりに変わろうとしてるのに、周りから見たらずっとア行のページにいるみたいな感じになる。

ゲストハウスで出会った人たちが、その「ページ」を増やしてくれる。そして、ページが増えた状態でキャリアブレイクに入る人も、キャリアブレイクの中でゲストハウスに向かう人も、どちらもその百科事典を育てている。

地域にとって、キャリアブレイク中の人は何者か

ここまでの話を、地域事業者や自治体の視点から整理すると、一つの問いが浮かぶ。キャリアブレイク中の人は、地域にとって何者なのか。

観光客は来て帰る。移住者は来て定住する。キャリアブレイク中の人は、その間にいる。「旅しに来たかも、探してもいる」という状態のまま、ゲストハウスに滞在し、オーナーの一言でピントが合い、他のゲストと一緒に地域の中に踏み込んでいく。

定住はしないかもしれない。でも、通り過ぎるだけでもない。その人が地域の中で過ごした時間、関わった人、感じたことは、その後の人生の「百科事典のページ」として残る。そしていつか戻ってくることもある。いつか誰かに「あの地域いいよ」と話すことになる。


ゲストハウスはすでに、その入口に立っている。地域がそれを知るかどうかで、次に何が起きるかが変わってくる。

2026年05月23日

PARTNER

日本各地のゲストハウスを紹介するWEBメディア「FootPrints」

日本各地のゲストハウスを紹介するWEBメディア「FootPrints」

前田 有佳利

1986年、和歌山市生まれ。同志社大学卒業後、2009年に株式会社リクルートに入社し大阪・東京で5年間勤務。2011年元旦よりFootPrintsの名称でゲストハウスの情報発信を開始。2014年にUターン、翌年にフリーランスライター「noiie」として独立。著書に『ゲストハウスガイド100』(ワニブックス)、『ゲストハウスがまちを変える』(学芸出版社)。日本のゲストハウスと和歌山のまちづくりを専門分野に、複数のメディアやプロジェクトで執筆・編集・企画を担当する。

WRITER

北野 貴大

北野 貴大

代表理事 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所

2014年にJR西日本グループに新卒で入社し、都市開発に従事。妻のキャリアブレイクをきっかけに、キャリアブレイク中の人のための宿「OKAYU HOTEL」を2021年にスタート(現在は奈良で運営中)。退職後、一般社団法人キャリアブレイク研究所を理事2人と共に2022年に設立。2023年より、大阪公立大学大学院経営学研究科付属イノベーティブシティ大阪ラボ特別研究員。

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