Career Break Journal

対話で組織は変わる──社労士が語る「対話で労務」とキャリアブレイクの接点

対話で組織は変わる──社労士が語る「対話で労務」とキャリアブレイクの接点

三谷社会保険労務士事務所の三谷氏(48歳)は、手続きの専門家から、組織そのものに関わる存在へ。社労士として13年の経験を持つ三谷社労士がたどり着いたのは「対話で労務」という考え方だった。個人の問題として扱われがちな労務トラブルを、組織全体の関係性として捉え直す。その視点は、キャリアブレイクとも静かに接続する。新しい制度をつくるのではなく、今ある仕組みに小さな対話を重ねることで企業の風土はどう変わるのか。中小企業の現場からその可能性を探る。 

三谷社会保険労務士事務所 三谷文夫

1977年大阪府生まれ。慶應義塾大学法学部卒。数え切れないほどの転職の後、28歳で製造業の総務課スタッフとして、社会保険や給与計算などの事務のほか、採用、評価、従業員満足度向上施策、労働組合や地域住民との渉外交渉など、幅広い業務に従事。在職中に社会保険労務士の資格を取得する。2013年、「多くの中小企業経営者に労務管理の大切さを伝えたい」という思いから三谷社会保険労務士事務所を開業し独立。現在は『対話で労務』をコンセプトに、労務相談、就業規則や人事評価制度の作成、企業研修を行っている。妻と子4人の6人家族。喫茶店でのコーヒー&読書タイムをとても大切にしている。著書に『図解と事例これ一冊! 労務管理の基本がぜんぶわかる本』(ワン・パブリッシング)、『こうして社員は、やる気を取り戻す』(ぱる出版)がある。

撮影:あーちゃん

社労士13年、変わらなかったもの 

「もうだって10何年、2013年に創業してて。あっという間に13年って感じですね」

そう振り返る三谷さんの言葉には、時間の速さと同時に、積み重ねてきた実感がにじむ。支部の総会で新しく入会した社労士が紹介されるのを見て、「ちょっと前まで自分もあちら側だった気がする」と感じる。その感覚が、13年という時間の重みを静かに物語る。

では、この13年で目指すものは変わったのか。

「多分、目指していること自体は変わってないんですよね。労働者の方と経営者の方、どっちもハッピーになるような組織を支援したいっていう思いはずっとあって」

当初から一貫しているのは、「どちらかだけが得をするのではなく、両者がともに良い状態であること」。その理想に向かう姿勢は変わっていない。

ただし、方法は変化した。

「最初は手続き業務もやってたんですけど、今はほぼやってなくて。コンサルティング的な関わりの方が自分のやりたいことに近いなと思って」

社労士といえば、社会保険の手続きや行政対応が主な業務とされる。しかし三谷さんはそこから一歩踏み出し、組織そのものに関わる支援へと軸足を移した。

「手続きは受けてないですって言うと、それならいいですっていうお客さんもいるし、逆に『組織をこう変えたい』って相談してくださるところもある」

顧客もまた、そのスタンスに応じて変わっていく。業務の切り出しではなく、組織の在り方そのものに向き合いたい企業との関係が増えていった。

「対話で労務」という発見 

三谷さんの現在の活動を象徴する言葉がある。「対話で労務」だ。

「語感がすごく気に入って。自分がやりたいことが、この言葉に全部入ってる気がしたんですよね」

この言葉は、直感的に生まれたものだったという。商標登録も試み、司法書士から「40%くらいの確率」と言われながらも無事に通過した。

では、なぜ「対話」だったのか。

「組織開発の本を読んだときに、『組織開発とは対話である』って書いてあって。あ、これかって思ったんですよね」

それまで三谷さんは、多くの労務相談に向き合ってきた。内容は多くの場合、個人の「Aさんの問題」だった。

「Aさんの働きぶりが悪いから賃金下げたいとか、トラブルの相談って基本1対1の関係で見られるんですよ」

しかし現場を見続ける中で違和感が生まれる。

「Aさんだけの問題じゃないんですよね。周りとの関係とか、感情とか、環境とか、全部絡んでいる。」

そして決定的な気づきがある。

「Aさんが解決しても、第2のAさんが出てくるんですよ。経験上、必ず出てくるんです。」

 個別対応では根本解決にならない。組織そのものを見なければならない。そのための手段が「対話」だった。

労務は「約束事・安心感・関係性」でできている 

三谷さんは、労務の本質を三つの要素で捉えている。

一つ目は約束事。ルールであり、就業規則をはじめ、暗黙のルールも含める。明文化された規則だけでなく、「うちの会社ではこうする」という慣習も重要な構成要素だ。

二つ目は安心感。心身の健康と安全が守られている感覚です。働く上での土台。心身の状態が整っていなければ、働く意欲も生まれない。

そして三つ目が関係性。

「AさんとBさんの関係や、上司部下の関係とか。そこを整えるのも労務だと思ってます」

「この三つを整えるために対話が必要になる。」と三谷さんは話す。

「就業規則も、会社が一方的に作ることはできます。でも対話で作った方がいいと考えています。法律上は問題がなくても、現場で機能するとは限らない。対話を通じてルールを共有することで、見えない前提が可視化されていくからです。」

「新しく作る」のではなく、「今あるものに足す」 

三谷さんのアプローチは一貫している。

「いきなり新しいことやると当然ですが反発が出るんですよね。また新しい制度やるの?って。やることだけ増えて、根付かない。」

だからこそ、既存の仕組みに対話を「少しだけ足す」ことを考えた。

代表例が衛生委員会だ。

「形式的な報告だけになってるところが多いんですけど、そこに10分だけ対話の時間を入れてみたんです。」

たとえば「今月は熱中症」というテーマで話す。ただし、対策を出すなど結論を出すことは目的ではない。

「ワイワイガヤガヤしてるだけでもいいと思っていました。」

実際、経営者からは最初違和感の声もあった。

「ちゃんと話してる感じじゃなかったけどって言われたんですけど、『それでいいと思いますよ』って」

続けるうちに、その雑談のような時間が意味を持ち始める。

「その時間がいいって言ってくださるようになって。対話は、目的を達成するための手段でもあり、関係性をつくるプロセスそのものだと手ごたえを感じたんです。」

このプロセスはキャリアブレイクと共通する点がある。   

キャリアブレイクはすでに「ある」 

キャリアブレイクとの出会いもまた、偶然に近い。

「三宮のイベントで話を聞いて、企業の中でキャリアブレイクを取り入れていることを初めて知ったんです。」

特に印象に残ったのは、大企業での取り組みだったと話す。

「パナソニックで研修やってるって聞いて、企業でも受け入れられる概念なんだと。」

しかし、中小企業の現場では様子が違う。自身の経験と照らし合わせ、その多くが中小企業であり、イメージを膨らませる。

「制度としてキャリアブレイクがある会社はほとんどないですね。」

ただし、よく見ると似たものは存在する。

「リフレッシュ休暇とか、永年勤続休暇とか」

問題は、それが何のためにあるのかが共有されていないことだと続ける。

「なんでこれあるんですかって聞いたら、『昔からあるから』っていう答えが返ってくる。制度はあるが、意味がない。だから活かされない、という現実です。そこに意味を持たせたらいいと思うんですよね。一旦離れてリフレッシュして、また働くための時間って。それはまさにキャリアブレイクではないかと。」

キャリアブレイクは、新しい制度ではなく、既存の制度の再解釈として導入できると。

中小企業こそ「立ち止まる」価値がある 

「中小企業にキャリアブレイクを持ち込む難しさは明確だ。」

三谷さんは話す。

「人が少ない中で辞められたら困るっていうのは、すごくわかる。経営者の多くは、「この会社で一緒に幸せになりたい」と考えている。辞めて他で幸せになってほしいっていうより、うちで一緒にっていう感覚の方が強いと思います。だからこそ、「離れる」前提のキャリアブレイクは受け入れにくい。」

しかし三谷さんは別の可能性を見る。

「在籍しながらのキャリアブレイクなら、入りやすいと思うんです。リフレッシュ休暇、副業、社外ボランティア。これらはすでに広がりつつあるように感じている。」

「違う場に行くことで気づきがあって、それを自社に持ち帰る。副業もその流れのひとつですよね。」

そして今の社会状況に対する認識もある。

「働き方改革やってきたけど、生産性上がってない現実を感じている。効率を追い求め続けた結果、現場は疲弊している。経営者も従業員も、みんな疲れてると思うんですよね。」

だからこそ必要なのは、立ち止まる時間だ。

「一旦立ち止まって、自分とか社会を見つめ直す。必死に走ってきている人たちだから。その時間が大事だと思います。」

そして最後に、未来への視点が語られる。

「もう囲い込むのは無理だと思うんですよね。だったら、この会社にいる魅力をどう出すか。企業が提供すべきは、制約ではなく魅力です。その魅力に気づき、言葉にし、伝えていくこと。求人票見ててももったいないなって思うんですよ。魅力あるのに書いていない。」

対話で見えてくるのは、問題だけではない。すでにある価値でもある。

おわりに

「対話で組織は変わる」という言葉は、特別な制度導入を意味しない。三谷社労士が示したのは、既存の仕組みに対話を重ね、関係性と意味を更新していく実践だった。そしてキャリアブレイクも同様に、新しい制度ではなく「働き方を捉え直す視点」として組織に入り込む。 

成熟した社会において、「立ち止まる」ことを取り入れられるのは大企業だけではない。むしろ中小企業こそ、その変化を柔軟に受け止める余地がある。囲い込むのではなく、開くことで人は戻ってくる。その小さな実践が、確実に組織の風土を変えていく。

Photo by あーち

2026年05月03日

PARTNER

三谷社会保険労務士事務所

三谷社会保険労務士事務所

三谷文夫

1977年大阪府生まれ。慶應義塾大学法学部卒。数え切れないほどの転職の後、28歳で製造業の総務課スタッフとして、社会保険や給与計算などの事務のほか、採用、評価、従業員満足度向上施策、労働組合や地域住民との渉外交渉など、幅広い業務に従事。在職中に社会保険労務士の資格を取得する。2013年、「多くの中小企業経営者に労務管理の大切さを伝えたい」という思いから三谷社会保険労務士事務所を開業し独立。現在は『対話で労務』をコンセプトに、労務相談、就業規則や人事評価制度の作成、企業研修を行っている。妻と子4人の6人家族。喫茶店でのコーヒー&読書タイムをとても大切にしている。著書に『図解と事例これ一冊! 労務管理の基本がぜんぶわかる本』(ワン・パブリッシング)、『こうして社員は、やる気を取り戻す』(ぱる出版)がある。

WRITER

卜部 小夜子

卜部 小夜子

月刊無職, mada books運営 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所 理事

2020年合同会社うみのなか商店設立。障害の有無にかかわらず、"誰もが健康的にはたらく暮らしができる社会"を目指し、おしゃべりできる図書室「あかり図書室」、就労事業所とともに世界に通用するブランドをつくる「北浜縫製」を運営。2022年より一般社団法人キャリアブレイク研究所に設立時理事として関わり、離職・休職をポジティブに捉える「キャリアブレイク」を文化にする活動を行う。毎月6日に発刊する『月刊無職』、"まだの時間"を楽しむ書店「mada books」の企画運営を担当。精神保健福祉士、就労福祉ワークデザイナー、産業カウンセラー。

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