Career Break Journal

キャリアブレイクは、働く社会を変えられるのか

キャリアブレイクは、働く社会を変えられるのか

文化が制度をつくり、制度が文化をつくる

キャリアブレイクは、働く社会を変えられるのか

「キャリアブレイク」という言葉を聞くと、多くの人は休むことを思い浮かべる。けれど、この日の対話で見えてきたのは、単なる休暇制度の話ではなかった。

それは、「これから人はどう働き続けるのか」という問いであり、「企業は何を大事にするのか」という問いでもあった。

話を聞いたのは、甲南大学教授の奥野明子氏(以下奥野氏)。
人事制度や多様な働き方を研究する立場から、キャリアブレイクという概念をどう見ているのか。制度、文化、企業哲学──。対話は思いがけず、社会の構造そのものへと広がっていった。

「働き続ける」が前提だった社会の限界

「とにかく、働きすぎです。」

奥野氏は、ほとんど間を置かずにそう言った。

「今みたいな働き方は、もう無理だと思うんですよね。」

かつての日本社会では、「長く働き続けること」が美徳だった。ひとつの会社で勤め上げることが安定であり、信頼であり、正しさだった。

けれど、そのモデルは、誰かの支えの上で成立していたのだ。

「働き続けられていた人は、ごく一部だったと思うんです。」

長時間働く人がいる一方で、家庭を守る人、育児や介護を担う人、見えない場所で働き続けられる人を支えていた人たちがいた。

それなのに、スポットライトは働き続けられた人にしか当たってこなかった。

「でも、本当はいろんな人がいたわけですよね。」

その言葉には、制度論だけではない視点があった。


キャリアブレイクとは、単に休みを増やそうという話ではない。これまで見えなかった人たちに光を当て直す営みでもあるのだ。

しかも、これからは定年が曖昧になっていく。寿命も延びる。女性も男性も、誰もが長く働く時代になる。

「みんながずっと働き続けるなら、途中で立ち止まる時間は絶対に必要になりますよね。」

それは『特別な人の制度』ではなく、長く働く社会そのものに必要なインフラではないだろうか。

文化が制度をつくり、制度が文化をつくる

キャリアブレイクの話を企業にすると、多くの場合、「それをどう制度化するのか」という話になる。

けれど実際には、そこに至る前の段階──そもそも、そういう考え方を会社に持ち込めるのかという壁がある。

制度より先に、文化が必要なのではないか。

そう問いかけると、奥野氏は少し考えてからこんな言葉を返した。

「文化が制度をつくるし、制度が文化をつくるんですよね。」

たしかに、本来は文化が先なのだろう。「こういう働き方を大切にしたい」という空気があり、その結果として制度が生まれる。

けれど逆もある。

男性育休は、その象徴かもしれない。
最初から男性も育児をする文化があったわけではない。制度ができ、少しずつ取得者が増え、ようやく社会の認識が変わり始めた。

「制度から文化へ働きかけることも、当然あると思うんです。」

もちろん、制度だけを入れてもうまくいかない。
現場に理解がなければ、「やっぱり機能しなかった」という話にもなりかねない。

だからこそ重要なのは、誰が体現するかなのだという。

「社長自身が取るとか、自分でやってみせるとか。そういうのは大きいですよね。」

トップが本気で動くと、制度は単なるルールではなく、それは会社の意思になる。

逆に、人事だけが旗を振るとまた新しい制度が増えた、で終わってしまうこともある。

制度とは、書類ではなく姿勢なのかもしれない。

なぜ企業はキャリアブレイクに戸惑うのか

休ませることを推進したいわけではない。
会社を否定したいわけでもない。

それでも、立ち止まるという言葉は、働くことを是としてきた組織ほど、時に反発を生みやすい。

奥野氏は、それを思想の違いだと言う。

「働くことに対する思想は、人によって全然違うんですよね。」

だから説得で変わるものではないのかもしれない。

ただ一方で、企業が変化を拒んでいるわけでもない。
有給取得率の問題ひとつとっても、多くの企業は「変えたいけれど変えられない」状態にあるのではないか。

「法律で決まってるのに導入できないという事態は何か理由があるのでは。」

その「できない」ことに対するなぜに向き合うことも、キャリアブレイクの議論には必要なのだろう。

休めない会社が、なぜ休めないのかを理解する。
そこには、人手不足や評価制度、管理職の負担、顧客対応など、複雑な構造が絡んでいる。

だからこそ、「休ませましょう」という言葉だけでは届かない。

企業の言葉で語り直す必要がある。

キャリアブレイクを、会社の言葉に翻訳する

印象的だったのは、ある企業担当者のエピソードだった。

その企業担当者は、キャリアブレイクという考え方を知り、自社に取り入れることで社内がよくなるのではと考えた。社内提案するために、自社の理念やミッションを徹底的に読み込んだという。

「自身の会社が大事にしていることと、どう繋がるんだろうって考えたんです。」

奥野氏は、その姿勢を「最高の錦の旗」と表現した。

「理念と結びつけると、トップも説明しやすいんですよね。」

経営理念というものは、不思議な存在だ。抽象的で、曖昧で、でも会社の根幹にある。だからこそ、時代に応じて解釈し直すことができる。

「なぜ経営理念が抽象的かというと、いろんな時代に対応できるようになってるからなんです。」

つまり、キャリアブレイクを外から持ち込まれた制度ではなく、自社らしさを実現するための選択肢として翻訳できれば、景色は変わる。

「会社をより良くしたいから提案している。」

そう見えた瞬間、対立ではなく共創になる。

この視点は、とても重要だ。

キャリアブレイク研究所のような存在が果たす役割も、単に概念を広めることではない。

企業が説明しやすい材料を準備すること、これがキーになりそうだ。

個人の体験談だけではなく、企業側のメリット、導入後の変化、上司や人事の視点、組織文化への影響、そうした事例を蓄積することで、初めて企業は自分ごととして想像できる。

「取れる制度」より、「大事にしている会社」へ

対話の終盤、話題は「認定制度」へと広がっていった。

キャリアブレイクを大事にしている企業を可視化してみるのもおもしろいのではないか。

採用市場では、すでに企業文化が選ばれる時代になっている。

給与だけではなく、どんな価値観を持つ会社か、人をどう扱うか、何を大切にしているか

を、学生も求職者も見ている。

だから本質は、キャリアブレイクが取れる会社ではない。キャリアブレイクを大事にしている会社、そこなのだと、奥野氏は言う。

それはつまり、人が立ち止まることを否定しない会社ということなのかもしれない。

立ち止まること。
考え直すこと。
生き方を見つめ直すこと。

それを、組織の中で許容できるか。

キャリアブレイクとは、休暇制度ではなくその問いそのものなのだろう。

そして最後に、奥野氏はこんな言葉を口にした。

「文化が制度をつくり、制度が文化をつくる。人類って、ずっとそうやってきたんですよね。」

社会は、突然変わるわけではない。
誰かの違和感から始まり、小さな制度になり、やがて文化になる。

キャリアブレイクも、まだその途中にある。
けれど、その途中にいるからこそ、今は面白いのかもしれない。

2026年05月24日

PARTNER

奥野明子

奥野明子

甲南大学 経営学部 教授

大阪市立大学大学院、博士(経営学)。大阪経済法科大学講師、帝塚山大学准教授などを経て 2012年より現職。 目標管理を中心とした人事評価制度の研究を行う。 近年では、産休・育休からの復職者の人事評価が研究テーマ。芦屋市、神戸市、尼崎市等の男女共同参画推進審議会で委員長や委員、小野薬品工業社外取締役、一般社団法人ぷちでガチ理事等。

WRITER

卜部 小夜子

卜部 小夜子

月刊無職, mada books運営 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所 理事

2020年合同会社うみのなか商店設立。障害の有無にかかわらず、"誰もが健康的にはたらく暮らしができる社会"を目指し、おしゃべりできる図書室「あかり図書室」、就労事業所とともに世界に通用するブランドをつくる「北浜縫製」を運営。2022年より一般社団法人キャリアブレイク研究所に設立時理事として関わり、離職・休職をポジティブに捉える「キャリアブレイク」を文化にする活動を行う。毎月6日に発刊する『月刊無職』、"まだの時間"を楽しむ書店「mada books」の企画運営を担当。精神保健福祉士、就労福祉ワークデザイナー、産業カウンセラー。

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