「立ち止まること」は、会社を弱くするのか

──キャリアブレイクと『お互い様文化』をめぐる対話
キャリアブレイク研究所がスタートした「蓄積型ウェブジャーナル」。
その背景のひとつには、「人生と社会を見つめなおす期間」を、個人だけでなく企業文化として捉え直したいという問題意識があった。
今回話を聞いたのは、組織論・越境学習研究の第一人者である 石山恒貴。
対話は、「なぜ企業は立ち止まれないのか」という問いから始まり、やがて制度ではなく文化の話へと進んでいった。
「従業員の幸せを考えている」は本当か
中小企業の経営者と話していると、「従業員の幸せを考えている」という言葉をよく聞く。
けれど、その幸せとは何なのだろうか。
石山氏は、戦後日本企業の成功モデルを振り返りながら、こう語る。
「会社のために尽くして、残業もいとわず働き、会社と家族のような関係になる。それが幸せだ、というモデルだった」
しかし、それは「自由な選択ができる幸せ」ではなかった。
会社と一緒に走り続けることを前提にした、条件付きの幸せだったのではないか。
だからこそ石山氏は、「立ち止まらず一緒に走ってほしい」というメッセージに対して、静かに問いを返す。
「なぜ、あなたと走ることだけが幸せだと思うんですか?」
これからは「人が集まらない倒産」が起きる
石山氏は、「キャリアブレイクを理解できない企業は、今後ますます苦しくなる」と話す。
これまで企業は、「物が売れない」ことで倒産してきた。しかしこれからは、「人が集まらない」ことで倒産する時代になる。
今、若い世代や女性、高齢者を含め、多様な人たちが働く社会になっている。その人たちの価値観は、かつての「会社中心」の時代とは明らかに異なる。石山氏は、こうした変化を受け止めるために必要なのは、制度を増やすことだけではないと言う。大切なのは、若手の声、女性のライフイベント、高齢者の働き方、個人ごとの事情や価値観を、対話を通じて汲み取れる組織かどうかだ。
つまり企業は、「会社に合わせてもらう」のではなく、個人独自の自律的な価値観を理解し、その人に合った働き方を一緒に模索する時代に入っている。個人のライフキャリアが最優先だと考える企業に、人は集まるのではないか。
休めない会社は、制度以前に構造の問題
対話の中で印象的だったのは、キャリアブレイクを導入できないのではなく、そもそも誰も休めない構造になっているという指摘だった。
誰か一人に業務が集中し、その人しか分からない仕事が増えていく。すると、「休みたくても休めない」状態になっていく。
一方で、人が定着している企業には共通点がある。業務を見える化している、マルチタスク化している、誰かが休んでも補える、助け合いが前提になっている。
つまり、「休める会社」は制度が充実している会社というより、業務の状況が可視化され、助け合いが循環する構造を持っている会社なのだ。
石山氏が例に挙げた企業では、会社説明会の時点から「助け合い文化」を前面に出しているという。
「助け合い文化って、いいと思いますか?」
こんな質問が投げかけられる。
「当社では助け合いが前提になっているので、その価値観に共感できるのであれば、ぜひ、入社を考えてみてください」
すると、その価値観に共感した人が集まり、結果として採用にも強くなる。求職者に文化を予め伝えようとする企業の姿勢も重要だ。
制度より先に、「社員尊重」がある
石山氏は繰り返し、制度だけ作っても機能しないと語る。
短時間勤務制度や休暇制度を整えても、組織文化が伴わなければ社員は使えない。逆に言えば、制度が十分でなくても、社員の声を聞くという文化がある会社では、柔軟な工夫が自然と生まれていく。
たとえば、夏休み期間だけ短時間勤務にしたい、子どもの送迎の時間だけ働き方を変えたい、孫の面倒を見る時期だけ勤務時間を調整したい。こうした個別のニーズを、会社が「わがまま」と切り捨てずに拾い上げる。そこにあるのは、「制度運用」ではなく「社員尊重」の姿勢だ。石山氏は、制度づくりより先に必要なのは、社員のニーズに耳を傾ける文化だと語る。
社員のライフキャリアを優先できる会社、できない会社
子どもの発熱で休む人に対して、「また休みか」と不満が向く会社もある。一方で、「お互い様だから大丈夫」と自然に助け合える会社もある。文化の違いをみるには、この点が一番わかりやすい。この違いはどこから生まれるのだろうか。
石山氏は、「みんなで止まらず走ることが善」という文化が強い会社ほど、走れない人への不満が生まれやすいと指摘する。つまり、お互い様文化とは単なる優しさではない。誰かが休む可能性を前提にしている、人生には仕事以外の事情があることを理解している、自分もいつか支えられる側になると知っている、そうした前提の共有がある組織文化なのだ。
キャリアブレイクとは、単に「休む制度」の話ではない。
「人生には立ち止まる時期がある」ということを、組織全体でどう受け止めるかという問いでもある。
経営者は、なぜ変われないのか
では、経営者はどうすれば変われるのか。
石山氏は、人の考えは簡単には変わるものではないと前置きした上で、変化のきっかけとして外部との接触を挙げる。副業人材、プロボノ、越境学習、外部プロジェクト。こうした外の価値観が入ることで、会社の常識が揺さぶられる。
ある企業では、社長が社員は主体性がないと思っていた。
しかし社外からの越境人材を会社に受け入れ、社内プロジェクトを始めると、社員たちは社長には言わなかった意見を、越境人材に話し始めた。
そのとき社長は気づく。
「社員が意見を言わないんじゃない。自分が言わせていなかったんだ」
石山氏は、この現象を「被越境学習」と呼ぶ。
越境した本人だけではなく、受け入れた側が変わる学習だ。
キャリアブレイクは「制度」ではなく、文化の中核
今回の対話を通して見えてきたのは、キャリアブレイクは単なる休職制度ではない、ということである。
それは、若手・女性・高齢者の声を拾えるか、個人の価値観を対話によって理解できるか、社員を労働力ではなく一人の人生として見られるか、助け合いを前提に組織を設計できるか、という組織文化の中核に関わる問いだ。
そして石山氏は最後に、常識にとらわれず、早めに動く企業が強くなると語った。
他社がまだ迷っている段階で、社員の価値観に適した施策を先駆けて始める。それは福利厚生ではなく、経営の競争優位に直結する未来の人材戦略なのだ。
キャリアブレイクとは、「休むことを推奨する文化」ではない。
誰かが人生を見つめなおす時間を持ったとき、「それも人生だよね」と受け止められる組織をつくれるか。
その問いは、これからの企業そのものの在り方を問うている。
2026年05月25日
PARTNER

石山恒貴
法政大学大学院 政策創造研究科 教授
博士(政策学)。NEC、GE、米国系ライフサイエンス会社を経て、現職。 日本キャリアデザイン学会副会長、人材育成学会常任理事、Asia Pacific Business Review(Taylor & Francis)Regional Editor 等。 専門は組織行動論・人的資源管理が研究領域。 主な著書に『定年前と定年後の働き方:サードエイジを生きる思考』(光文社新書)、『越境学習入門:組織を強くする冒険人材の育て方』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)、『日本企業のタレントマネジメント:適者開発日本型人事管理への変革』(中央経済社)等がある。
WRITER

卜部 小夜子
月刊無職, mada books運営 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所 理事
2020年合同会社うみのなか商店設立。障害の有無にかかわらず、"誰もが健康的にはたらく暮らしができる社会"を目指し、おしゃべりできる図書室「あかり図書室」、就労事業所とともに世界に通用するブランドをつくる「北浜縫製」を運営。2022年より一般社団法人キャリアブレイク研究所に設立時理事として関わり、離職・休職をポジティブに捉える「キャリアブレイク」を文化にする活動を行う。毎月6日に発刊する『月刊無職』、"まだの時間"を楽しむ書店「mada books」の企画運営を担当。精神保健福祉士、就労福祉ワークデザイナー、産業カウンセラー。
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